『野崎くん』に見る4コマアニメの原則 中編

目次

前編 四コマアニメの大原則
1.四コマ漫画⇒アニメの原則
2.ギャップで「四コマ目」をつくる
3.ギャップの具体例
4.四コマ目にならなかった四コマ目


中編 『野崎くん』の四コマ的表現
5.BGMは四コマごとにだいたい一回流れる
6.四コマ目のカット割り(1カットの場合)
7.四コマ目のカット割り(2カットの場合)
8.四コマにかかる時間


後編 『野崎くん』のアニメ的表現
9.原作にはない芝居(1)「反応」
10.原作にはない芝居(2)「気付き」
11.セリフ・モード・カット
12.まとめ

5.BGMは四コマごとにだいたい一回流れる

3章において、前振り・落ち間のギャップをつくる手法にBGMのON/OFFがあると述べた。これはつまりギャップのある箇所にBGMがある可能性が高いということだ。更に言えば、四コマごとにBGMが一回流れれば、ギャップがつくれるということになる。


以上の話はあくまで予想にすぎない。では、実際にはどうなっているのか。本章ではアニメ『野崎くん』のBGMの使われ方について見ていくこととする。


まず一つ目の例を示す。下の図は3話Aパートのある一連のシーンをカットごとに切り取り、四コマごとに改行したものである。水色の矢印がBGMが流れている範囲であり、赤線の区切りがコマとコマの節目に当たる(カットをまたぐコマもあったので、区切りがアバウトな箇所もいくつかある)。

図からわかるのは、このシーンでは最下段を除き、四コマごとに一回BGMが使用されているということだ。つまり先の予想はだいたい的中したというわけである。


が、よく見てみるとおかしな点がある。つまり、ギャップの箇所でBGMがON/OFFしていないものがあるのだ。具体的には、一、三、四、六段目である。


ギャップの箇所でBGMが切れなかった理由としては
(1)それぞれの落ちの性質に合わせたため
(2)落ちにアレンジを加えたため
等が考えられる。が、いずれも推測の域である。確実に言えるのは、BGMをON/OFFするかしないかで、ギャップに強弱ができているということだ。つまりこのシーンの落ちはそれぞれにバリエーションがある。


では、ギャップの箇所で切れなかったBGMは、一体何のために流れていたのだろうか。ギャップに関与しないのであれば、流れなくてもいいはずだ。…が、無論そんなわけがない。四コマアニメ以外のアニメでもBGMは使われるのである。むしろ、ギャップをつくる以外での使われ方の方が一般的なのだ。


ここから先はあえて例外のみを示していく。それらを参照する中でBGMのもう一つの一般的な使われ方について見ていきたいと思う。


(1)話のまとまりごとにBGMを流す

この例で注目してほしいのは、四コマ間をまたがってBGMが流れる箇所が二つある点だ。何故そうしたのかというと、それらの箇所が話的に繋がっていたためである。


つまり、このシーンは
・一、二段目…野崎と宮前が電話する
・三段目…やや時間を置いて、野崎が自身の漫画を内省する
・四、五段目…学校で佐倉と瀬尾が野崎からデコ弁をもらう
・六段目…御子柴が野崎のデコ弁を食べる
という四つに分けられ、それぞれにBGMが宛がわれている。四コマごとではなく、話のまとまりごとにBGMを流したというわけだ。


(2)四コマに対してBGMが二回流れる

ここでは一つの四コマに対してBGMが二回流れる。何故そうしたかというと、二つのBGMの間にテンションのギャップがあるからだ。つまり前者は若松の、後者は野崎のテンションである。異なる二つのテンションをBGMを分けることで表現しているのである。



このシーンは二段落ちということで、双方のボケにBGMが宛がわれていることがわかる。また余談ではあるが、ボケに対する二つのツッコミに明確なテンションの差が見られるのも面白い。特に二つ目にインパクトを持ってきていることがわかりやすく見て取れる。


(3)四コマ間の断絶を無くす

ここは1巻64、65ページと66ページの一コマ目にあたるシーンである。ここでは二種類のBGMが流れるわけだが、その切り替わる位置が特殊である。つまり、二つ目のBGMが64ページの三コマ目ラストという中途半端なところから流れ出すのである。そしてそれが65ページの四コマ目まで流れ続け、二つのエピソードにまたがる。


何故こうしたのか。一つは佐倉のテンションの変化に合わせたのだろう。が、それだけではない。BGMがまたぐことで、佐倉が御子柴の元を去って、野崎にぶつかるまでの一連がスムーズに繋がってくる。つまり、ここではエピソード間の断絶を弱めているのだ。


そして、二つ目のBGMはギャップの箇所で途切れず、66ページの1コマ目で音が止む。これもまた不規則だ。が、それには意味がある。何故なら、続くカットで鹿島が初登場するからだ。そこに最大のインパクトを持ってきているのである。


以上をまとめると、BGMは話のまとまりや被写体のテンションに合わせて流すものだということである。それは時に原作の四コマ間にある断絶を、アニメではさも無いもののように繕えたりもする。それほどBGMによる結束力というのは強いのだ。


ギャップの位置でON/OFFというのは、そんな結束を崩す行為であり、BGMの使われ方としては実はイレギュラーなものなのである。が、それを頻繁にやってのけるのが四コマアニメだ。頻繁にやるからこそ、BGMは四コマごとに一回流れるという原則も出てくる。そこに四コマアニメ独自のシステムが見えてくる。


まとめ
BGMは原則として四コマ毎にだいたい一回流れる。それはBGMが話のまとまり毎に流れるという特性とギャップの位置で切れるという原則の双方に起因するものである。

6.四コマ目のカット割り(1カットの場合)

一〜三コマ目のカット割りはいろいろあれど、四コマ目のカット割りに関しては、以下の二つにほぼ分類できる。
(1)四コマ目の構図をそのまま使って1カットで
(2)ボケとツッコミを分けて2カットで


基本的にはこのどちらかしかない。まれにセリフの途中でカットを割ったり(尻のセリフを強調するときなど)、カットを割りまくったり(ボケをさまざまなアングルで撮るときなど)することがあるが、大半は上記の1カットか2カットかである。


この章では、その二つのうち前者の「1カット」を扱う。


といっても、「1カット」は実に馴染みの深いものだ。説明するのもなんなので、以下に例を並べる。

四コマアニメを見ていれば、幾度となく見る光景である。大半が原作の四コマ目の構図をほぼそのまま使用している(稀に構図をガラリと変えるものもある)。止め絵の場合もあれば、QTBやTBといったカメラワークを併用する場合も多い。いずれにせよ「1カット」の表現は極めて四コマ漫画的な表現だと言える。


一方で、ツッコミが画面に映らないパターンがある。いわゆる「コマ外ツッコミ」と呼ばれるものだ。

これらもまた原作の構図に忠実であり、漫画に触れていればそれなりに馴染みのあるものなのではないだろうか。しかしこの演出、アニメ『野崎くん』においては実はあまり使われることがない。上に挙げた例の少なさがその証拠である(管理人が探すのをサボったわけではない)。


では、漫画の「コマ外ツッコミ」はアニメではどうなっているのか。


実はその答えこそが「2カット」なのである。


まとめ
四コマ目のカット割りには基本的に「1カット」か「2カット」の二種類しかない。「1カット」には、当事者が全員映るパターンとコマ外ツッコミのパターンがある。いずれも、漫画の構図をそのまま引用する場合が大半である。

7.四コマ目のカット割り(2カットの場合)

四コマ漫画の「コマ外ツッコミ」はアニメでは「2カット」になる。まずは具体例を見てみよう。

このように、漫画では「コマ外ツッコミ」なのが、アニメではうさ耳姿の野崎と御子柴のカットに分けている。前章の「コマ外ツッコミ」と同じように「1カット」で収められそうにも見えるのだが、何故かそうしていない。


何故だろう。


ここは実際に見てもらった方がいい。以下に「2カット」のパターンを複数並べた図を示す。見ていくうちに、その傾向が掴めてくるのではないだろうか。

つまり、2カット目で電流が走っていたり、ドヨーンとなっていたり…。冗談を言っているわけではない。どのシーンを見ても1カット目と2カット目、双方のテンションには大きな開きがあるように見えるのだ。



ギャップをつくる手段の一つに、カッティングがあったことを思い出してほしい。ここでやっているのはまさしくそれなのである。カットを割ることで、絵を瞬時に変え、大きなギャップを作っているのだ。イメージBGがついたり、変顔になったりといった瞬時の変化はカット割りなくして作り出せないものなのである。


ここに「1カット」と「2カット」の違いがある。


そもそも「コマ外ツッコミ」はアニメでは強調するのが難しい表現である。何故なら、ツッコミ役が画面に映らないからだ。絵の力に頼らず声だけで表現しなくてはいけない。単純な話として、感情を誇張したいのであれば何よりもまず顔を映した方が良い(込み入ってくると、顔を映さないことで感情を表現できるという話も出てくるのだが、ここでは関係しないものと考えている)。


「テンションの開き」について、もう少し考えてみたい。通常、四コマ目でツッコミが叫んでいるような場合は、アニメにおいて「1カット」になることが圧倒的に多い。その際もボケとの間にテンションの差はあるわけだが、それは「1カット」内に入る程度の「テンションの開き」なのである。唐突だが、ここで「叫ぶ」という行為に着目してみる。漫画においては「叫ぶ」行為は「爆発吹き出し」によって表現されるのはよく知られている。

吹き出し」にはいくつか種類があるが、四コマ目のツッコミで使われるのは上の三つのうちのどれかである場合が多い(画像は吹き出し素材専門サイト「フキダシデザイン」から借用)。この三つのうち、ボケとの間に一番大きなテンションの差を作れるのはどれだろうか。先に挙げた「2カット」の例をこの三つで分類してみると面白い結果となった。

つまり「2カット」の場合、「フラッシュ吹き出し」がその大半を占めるのである(コマ外ツッコミのみならずコマ内ツッコミまでも)。これは偶然にしては出来過ぎている。「フラッシュ」とは心の叫びを表す表現だ。口元は動かない。が、心情は激変している。この矛盾を的確に捉えるには演出で補うしかない。そこで、「カットを割ってイメージBG」となる。こうすることで、ボケ役がいる現実世界からツッコミ役の心の中へと一瞬でダイブできるのである。


以上をまとめると、「2カット」になる場合には大きく分けて二つの要因がある。
(1)コマ外ツッコミ⇒テンションの差を描きたい!顔を映したい!
(2)フラッシュツッコミ⇒テンションの差を描きたい!心の叫びを表現したい!
双方を満たす場合はだいたい「2カット」になる(もちろん片方だけでも「2カット」になる可能性は十分にある)。コマ外ツッコミで「1カット」となった前章の例は、この理屈に基づくのなら、いずれもツッコミがそれほど叫んでいなかった。だから「1カット」になったのだと説明することができる。いずれにせよ、重要なのは「2カット」にすることでテンションの急激な変化を描けるということだ。



同じ「コマ外ツッコミ」でもツッコミの顔を映すことで「1カット」にするといったパターンもある(これまでの「1カット」の例は顔を映さないパターンであった)。漫画から構図を変えたわけである。顔を映せば「感情の誇張」という問題はクリアできるだろう。が、クリアできない問題がある。それがテンションの開きである。上の二例はいずれもイメージBGが統一されている。その中において、ボケとツッコミの間に「2カット」のような極端なテンションの差をつくることは難しい。「1カット」の手法は、1カットが許容できるテンションの範囲において有効なのである。これらの例はいずれも声に出して突っ込んでおり(心の叫びでない)、カットを割ってイメージBGで補佐する必要性の薄いものなのだ。


最後に例外を二つ紹介する。

このシーンでは4コマ目だけに4カットも使っている。が、この四コマ目は内容をかなり詰めており、カットを割ることにも納得がいく。ちなみに、このシーンは三段落ちだが、最後のカットでツッコミに変化をつけることで、その流れを断ち切っていることがわかる。最初2つのツッコミは「1カット」の類型だが、最後のそれは「2カット」の類型である。



「御子柴。セーラー服着てみないか?」を2カットに分けている。これは後ろの強調したい言葉にインパクトをつけるための分け方である。こういった手法は四コマ目に限らず、カット割り全般によく見られるものである。


まとめ
四コマ目を「2カット」にすることで、「1カット」では表現することの難しいテンションの落差を見せることができる。コマ外ツッコミやフラッシュツッコミは「2カット」になる場合が多い。

8.四コマにかかる時間

一コマ目から四コマ目までにかかる時間はだいたい一緒である。だいたいといってもかなり大雑把ではあるが。


以下に示すのは、アニメのあるシーンにおいて、一コマ目から四コマ目にかかる時間をまとめていった図である。シーンを選ぶ際は原作とセリフがほぼ同じであることを条件とした。

この図からわかるのは、四コマにかかる時間というのがだいたい30秒〜40秒くらいだということだ。原作から内容を極端に削ると10秒台。元々のセリフ数が少なかったり、漫画のコマを直でアニメにしたような場合、トントン拍子で進んで20秒台。セリフが多かったり、原作にはない(が、アニメでは必要な)カットや芝居がいくつか入ってくると40秒台。といった具合である。


内容を大幅に盛ると、1分を超えるようなものも出てくるが、そういったものは話の頭や終わりに来る傾向がある。途中にはあまり入らない。そうすることで今から始まりますよとか、ここで終わりですよといった合図をしているのだとも言える。


これはあくまで自分の体感だが、20秒、30秒、40秒の違いはあまり気にならない。が、その周期性に慣れてくると、1分を超えるようなものが来たときにさすがに気になってくる。気になるからこそ、それが終わりの合図にもなり得るというわけだ。体感時間というのは適当なようでいて意外と侮れないところがある。


そしてこの“だいたいの周期性”というのが、4コマ漫画の厳密な周期性に対して、アニメが下した最善手だ。“だいたい”でいいのである。体感時間が曖昧な私たちは、例えば「30秒きっかりに落ちがくる」という厳密な周期性をアニメに対してまったく求めていない。


まとめ
一コマ目から四コマ目までにかかる時間は、だいたい30秒〜40秒くらいである。


≪後編に続く≫