『四月は君の嘘』20話の演出を語る

脚本:吉岡たかを
絵コンテ:神戸守 演出:矢嶋武
作画監督:野々下いおり、小泉初栄、河合拓也、ヤマダシンヤ、高野綾、薗部あい子、奥田佳子、加藤万由子、郄田晃、藪本和彦、浅賀和行(演奏)、愛敬由紀子(総)


雰囲気が変化していく描写は演出が担うところだ。20話ではそういった変化を時に大胆に、時にさりげなく演出に落とし込む。演出的なギャップを置くことで、変化を作り出す。


以下では、「雨宿りする公生と椿」、「電話をする公生とかをり」、「病状が悪化するかをり」の3つのシーンを参照しながら、状況が変化する際の演出的なギャップについて見ていきたいと思う。

1. 雨宿りする公生と椿

このシーンではかなり明確に演出のギャップを組み込んでいる。ギャップというのは、たとえば、ロングからアップに構図が変わったり、BGMのON/OFFが切り変わったりといった変化を指す。

このギャップを利用することで、その場のテンションを操作し、「伝えたい絵」や「伝えたい台詞」をより効果的に伝える(上の図ならカットCが伝えたい絵となる)。以下で、具体的に見ていく。



ミドルショットからアップショットに切り替わる。そこに若干のギャップがある。このギャップの後には椿のモノローグが入る。「ダイアログからモノローグへ」という変化。ここにギャップのタイミングを合わせている。



続くシーン。先ほどからずっとツーショットで来たところをワンショットに切り替え、ギャップをつくる。そしてその直後に公生の「椿は女の子みたいだ」という台詞を持ってくる。そこにアクセントを置く。



変化する項目が多ければ、その分ギャップも大きくなる。ギャップ直後に「うそつき」という強調させたい言葉を置く。他の台詞とは明確に区別して扱う。



「公生のことなんかすぐわかる」という、特に伝えたい言葉をギャップの後に持ってくる。カット2と3の間にはギャップをつくらない。台詞を架橋させることで、むしろその繋がりを強め、椿の想いが公生に向いていることを提示する。



続くシーン。二人は横に並んで話している。横並びはこのように「向き合う」瞬間を捉える。ここであえて向き合おうとする公生の動作から、核心をつかれた様子を見て取ることができる。対面ではこういった挙動は描けない。



ここではBGMのON/OFFでギャップをつくり、ギャップ後のカットに一番伝えたい絵と言葉(笑顔のかをりと、椿の言葉に肯定する公生)を持ってくる。BGMを消すことで、言葉が音楽と混ざらずにクリアなものとして伝わってくる。



ここは尺の差でギャップをつくっている。カット1でタメにタメて、カット2以降矢継ぎ早にカッティングしていく。公生のかをりが好きだと言う言葉にショックを受け、その反動で怒る椿の様子を「カットの遅/速」という速度差に落とし込んでいく。



続くシーン。短くカットしていき、椿のやり場のない怒りを表現する。ギャップはつくらない。同ポジの切り返しで変化を最小限に抑える。「私が言いたい」「公生に聞いてほしい」という二つの思いを描きたいから「切り返し」。1カットではこのニュアンスは出せない。


また台詞を架橋させ、カット間の繋がりを強めている。公生に言葉を届けたいという思いがより伝わってくる。何ともしがたい、しかし必死な彼女の感情をこの「台詞架橋」と「速度」でもって描き出す。


しかし、その「台詞架橋」と「速度」はカット3で塞き止められる。公生の「知ってる」という言葉によって。椿の言葉では、公生の気持ちをかをりから椿自身へ向けさせることはできなかった。その様子をカット割りに落とし込んでいる。


ここでカメラの配置が変化する。

これまでカメラがアップになるときは、上のように椿と公生の間に置かれていた。

それが以降では、上のように被写体の正面に置かれるようになる。二人が正面を向いたからというのもあるが、二つのカメラの位置が変化したことで場の雰囲気が若干変化する。

こうだったのが、

こう変わる。椿と公生の交わらない想いに呼応するかのように、カメラの移動距離も長くなる。雰囲気が少し変わる。この変化が続く告白シーンへの布石となる。



椿の告白。カット1を長回しで十分にため、アップ・ワンショットの緊張感ある応酬から、ロングのツーショットへと解放する。この場面のピークといえるカットを最大のギャップで彩る。


BGMやSEもOFFにしており、「私と恋するしかないの」という最も伝えたい台詞を最も効果的な形で伝えているのがわかる。



告白後。目はもう見せない。代わりに口元を大きく映す。これまで出てきても一瞬だった口元のショットを長くたっぷりと見せる。



そして大きく煽って空を見せる。これまでになかった開放感あふれる構図。これもまたギャップだ。椿の感情が大きく飛躍した様子を煽りの構図がしっかりと捉える。


ギャップを使って、伝えたい言葉を伝える。逆にギャップをつくらず台詞を架橋させれば、カット間の繋がりが強まる。


椿は、あるときは言葉を強調し、またある時は公生へ想いを馳せる。目まぐるしく行き交う二つのフェイズを、「ギャップ」の有無によって、映像表現へと落とし込んでいく。

2. 電話をする公生とかをり

「足元/空」や「横顔/正面顔」といった二項対立に注目しながら見てみる。

電話でかをりにもう病院に来なくていいと言われてしまった公生。「足元」と「横顔」で落ち込んだ様子を描く。



この足元描写がシーン終盤では「空」に変わる。



また、落胆した様子の「横顔」は

再びかをりから電話がかかってくることで「正面顔」へと変化する。このように、公生の心境に合わせて撮るアングルを変えていく。



続くシーンでは、公生は再び横顔になる。が、先ほどの横顔とは様子が違う。今度の横顔は、「君に会いたいんだ」という言葉を言うための横顔だ。落胆してはいない。横顔は上下を向いた時に絵に表れやすい。今、彼は上を向いている。その様子を横顔がしっかりと捉える。


また、「君に会いたいんだ」という台詞だが、ここだけ一瞬BGMがOFFになる。前のシーンと同様に、こうすることでギャップをつくり、伝えたい言葉を聞き手にしっかりと伝える。


対するかをりはバックショットで描かれる。顔を一切見せない。しかし、カメラがロングからアップへと徐々に接近させることで、彼女の心境に近付いていく様を描写していく。



そして最後。「空」を見せる。「足元」から「空」へ。これはかをりが「空を見て」と言ったから見たわけだが、一方でこの描写の変化は公生の心境の変化に寄り添ったもののようにも見えた。

3. 病状が悪化するかをり

ここでは「速度」に注目して見てみたいと思う。かをりのお見舞いに訪れた公生と渡。そこで病状を悪化させるかをり。駆け付ける看護師たち。緊張感ある展開をスピーディなカット割りで進めていく。

シーン頭。ここはカットごとに約2秒で、公生とかをりの切り返しを描く。2秒というのは、決して短い時間ではないが、それが何度も続くため、スピード感が生まれる。そうして状況を捉えきれずにいる公生の様子を表現する。



先述のこのカット割りとよく似ている。何度も切り返して、スピード感を出す。カットを割ることでアクセントを打つ。1カットでは出せない「速度」「緊張感」をつくり出す。



続くカットはスローモーションで、先ほどまでの速度感を断つ。色もここだけグレースケール風。そのようにしてギャップをつくる。目のアップ(カット2)では、一瞬だけBGMがOFFになる。感情が大きく揺れるカットで、音を消す。公生はここでようやく状況を把握する。



そして続くカットでは再びスピードを出し、公生を現実に引き戻す。1秒以下のカットを連ねていく。状況説明が不十分で不親切なカット割りだ。しかし、この怒涛のスピードは一方で「何が起こっているかわからない」という状況を的確に表現する。


現実の風景は矢継ぎ早に流れるように。対する心象的な風景(公生の反応)はゆっくりと見せる。カットや動きの速度を操作することで、演出を公生の感情に寄せていく。



先ほどの椿の告白直後のカット割りでも、同様の速度調整が見られた。告白に対する公生の反応と、椿の息づかいをゆっくりと密に描く。このとき、時間の流れは実時間よりも遅くなる。そして、その速度を断つことで現実に引き戻す(カット6)。


このようにして、時間の流れを公生や椿の感情に沿わせていく。実時間と延縮した時間が行き交う中で、公生たちの感情や体感時間に接近する。そうしてできた描写を映像に刻んでいく。


◇◇◇◇


20話には演出的な二項対立がいろいろあって、それら二項を切り替えながら、話が進んでいく。あるときはギャップをつくって「切断」し、またあるときはギャップをつくらずに「繋ぐ」。この二つを公生や椿が行き交う中で、感情の揺れ(幅)を描いていく。


彼らの感情に沿うようにして、カメラが寄り、音が止み、速度が変わる。20話はそういった演出の変化を的確な位置に落とし込んでいた。情動の移り変わりが演出的なギャップとシンクロし、映像がエモーショナルに息づいていたように感じられた。